2012年10月17日水曜日

2012/10/13 交流フェスタ2012 in パルティせと

愛知県瀬戸市で行われた「交流フェスタ2012 in パルティせと」に参加しました。昨年に続いての参加です。

5階のステージでオープニングの踊りを担当したあと、4階の「国際センターの部屋」にてハンガリーとトランシルヴァニアの紹介をしました。


ハンガリーのブース


民俗舞踊実演

民俗舞踊体験



2012年6月9日土曜日

2012/06/02 ハンガリーフェスティバルin愛知

当センター代表も理事を務める愛知県ハンガリー友好協会の恒例の行事、ハンガリーフェスティバルin愛知が今年も名古屋国際センターで開催されました。

 今年のメインはチェロによるハンガリーの調べと、ハンガリー人によるトークショーです。 昨年も大好評だったハンガリーの味の紹介と、恒例のハンガリーの子どもたちの絵画展とハンガリー刺繍サークルの作品展もあります。愛知県の刺繍サークルの作品は、ヴァリエーションも豊かで、定評があります。




  
 私は主にハンガリーの物産紹介を担当しました。




ハンガリーの物産

  開場後、挨拶に続き、チェロとピアノによるハンガリーの名曲が演奏されました。私はロビーにて物産担当のため、演奏の様子は残念ながらわかりません。


開場直後の会場


 今回初の試み、ハンガリー人のトークショー。ハンガリー関係のことをしている人にはなぜか愛知県出身の人が少なくありませんが、愛知県に住んでいるハンガリー人も実はたくさんいて、しかも普段からの交流が盛んです。

 今回は、愛知県ハンガリー友好協会のハンガリー語講座を担当している山口チーラさんを中心に、ハンガリーにルーツを持つ6人が、日本語でトークショーを行いました。日本での生活・ハンガリーでの生活、国際結婚や家族について、祝日についてなど、工夫されたスライドとともに、わかりやすく、面白く伝えていただきました。トークショーの時間は私はカメラ担当となり、会場の皆様が楽しんでいらっしゃる様子を直に感じることができました。

トークショー「日本で暮らすハンガリー人」

 トークショーに続いて、ハンガリーの子どもたちと絵画交換をした犬山市の子どもたちに感謝状が贈られました。

 そして、皆さん待ちに待った交流会。ハンガリーのサラミと手作りグヤーシュスープ、お菓子とワインなどをご賞味いただきつつ、参加者の方同士交流の時間です。



ハンガリーのワインや食べ物も大人気


 天気にも恵まれ、後半には椅子を追加しなければならなかったほど、大勢の方にご参加いただきました。これからも年に一度のイベントとして、地域の皆様に楽しんでいただければ幸いです。


2012/05/19 桜蔭会愛知県支部総会

出身大学の同窓会地元支部総会後の講演会にて、「舞踊研究から広がる世界~ハンガリーとトランシルヴァニアの民俗舞踊を通して~」と題してお話をさせていただきました。

私の出身大学には、全国でも唯一と言われる舞踊教育学科(現:芸術・表現行動学科)があり、私はそこで学びました。講演では、ハンガリーの舞踊を専門に選ぶまでの経緯や、大学時代の生活と研究、修了後の活動や農村生活のことなどをお話ししました。

同窓会が主催ではありますが、一般公開の講演会で、どのような方々がいらっしゃるかと思っていたところ、聴講者のほとんどは出身大学の先輩方で、中には同専攻の方もいらっしゃいました。拙い講演ではありましたが、興味を持って聴いていただき、活発なご質問もいただきました。

これを機に、地域の同窓の皆様との交流の場を得ることができ、うれしく思いました。このような機会をいただき、ありがとうございました。今後ともよろしくお願い申し上げます。


質問を受ける筆者

2012/04/01 ハンガリーのターンツハーズ運動40年 (4)

第31回全国ターンツハーズの集いと展示即売メイン会場での2日目。

イベントのタイトル通り、ハンガリーはもとより、世界各地の友人・知人と会うことができ、また、共通の興味関心を持つ人との新たな出会いもあります。

私がハンガリーに初めて行ったのが1996年、ブダペストのターンツハーズを初めて経験したのが修士論文調査時の1999年のことでした。その後2回のブダペスト留学時にも頻繁にターンツハーズに通い、 多くの人と出会いました。その後月日が流れ、小さな子どもだった人たちが指導的な立場にもなり、素晴らしい演奏や踊りを見せてくれた人たちの中には、残念なことに既にこの世を離れた人も少なくありません。そのような中、古くからの友人や知人に会うと、本当に懐かしくうれしい気持ちになるものです。

トランシルヴァニア・セークから

トランシルヴァニア・カロタセグから

夜は、会場を移動します。 場所柄か、若者が多いですね。この日はこのようなイベントのときだけ会えるイギリスとオランダからの知人たちとご一緒させていただきました。

モルドヴァの踊り

複数の部屋で同時進行します
 

翌朝ハンガリーを発つため、日付が変わる前に宿舎へと向かいました。

2012年6月8日金曜日

2012/03/31 ハンガリーのターンツハーズ運動40年 (3)

ターンツハーズ運動40年記念国際会議2日目は、第31回全国ターンツハーズの集いと展示即売と同時開催です。


開場はブダペストの競技場


国際会議2日目は、14人の報告者による発表です。ハンガリー語圏でのターンツハーズ運動、異文化圏でのターンツハーズ、そしてハンガリー以外の踊りとターンツハーズという3つの分野に大きく分けられていました。

私も日本におけるターンツハーズについて報告しました。

「日本におけるターンツハーズ」報告

国際会議が終わり、ようやくイベント全体を見て回る余裕ができました。まずは、昨日の会場から引っ越してきたターンツハーズ運動40年記念展示を再度見てみました。

ターンツハーズ運動40年記念展示

メイン会場のアリーナもたくさんの人でにぎわっています。

メイン会場

一旦宿舎に戻り、夕食をとった後、会場に戻りましたが、メイン会場のプログラムはほぼ終了、夜中の舞踏会会場へ地下鉄に乗って移動しました。

夜の会場

会場に着くと、既に大勢の参加者で熱気に包まれていました。

演奏は、トランシルヴァニアのメゼーシェーグ地方の伝統保持者楽団。本当に楽しそうに、全身で演奏してくれる素晴らしい演奏家たちです。

マジャルパラトカの楽団

踊りを楽しむ人たち


終了後、三次会へのお誘いもありましたが、睡眠不足だったこともあり、また、翌朝からのプログラムもあるため、参加せず帰ることにしました。知人をタクシーに乗せて、自分は深夜バスで宿舎に向かおうと一駅歩いたところ、なんともう始発の地下鉄が動く時間になっていて、地下鉄で帰ることができてしまいました。

2012年6月7日木曜日

2012/03/30 ハンガリーのターンツハーズ運動40年 (2)

ヨーロッパ民俗学研究所主催のハンガリーのターンツハーズ運動40年の国際会議1日目は2012年3月30日にブダの伝統の家(Hagyományok Háza)にて行われました。前回参加したの30年記念の行事からもう10年も経ったのですから時の経つのは早いものです。

プログラムは10時から17時まで、盛りだくさんの内容でした。

まずは、40年間続いたターンツハーズ運動に関する写真展の開会式典。ハンガリー国立民俗楽団による演奏で、参加者が男性舞踊を踊りました。


オープニングの男性舞踊



続いて、ブダペスト初のターンツハーズ演奏家であるシェベー・フェレンツとハルモシュ・ベーラによるメゼーシェーグ民謡「小麦は実らなければならない」。これは今回の記念行事のタイトルにもなっていて、40年を経て成熟の時期を迎えるターンツハーズ運動を喩えたものでもあります。

40年前、初めてブダペストでターンツハーズを開こうとしたとき、農村本来の民俗舞踊を踊るためには、当時のブダペストでは知られていなかった農村本来の演奏法による音楽が必要となりました。 その役割を担ったのがハルモシュとシェベーでした。少ない資料を基に研究し、困難な現地調査を重ね、現在の都市ターンツハーズの基礎を作った、ターンツハーズ運動の功労者です。

ブダペスト初のターンツハーズ演奏家シェベーとハルモシュ


記念行事には、ターンツハーズ運動に関わる大勢の実践者・研究者・愛好者が国内外から駆けつけました。

休憩中のロビーの様子


国際会議の部では15人の専門家たちが、ターンツハーズ運動に関わる様々なテーマについて報告をしました。

2012年は、ハンガリーの民俗舞踊研究において大きな功績を遺したマルティン・ジェルジュの生誕80年にも当たります。これを記念し、舞踊家でもあり、木彫家でもあるエルデーイ・ティボル氏(下の写真右から3人目)の木彫によるマルティンの銘板の除幕式が民族学者アンドラーシュファルヴィ・ベルタラン博士(写真右端)によって行われました。


マルティン記念銘板の除幕

午後も国際会議は続きます。短時間に多くの情報が入ってくるので、聴講するだけでも気力と体力を使いますが、どれも興味深い報告ばかりです。

ターンツハーズ40年記念国際会議のプログラムは
http://tanchaz40.eu/program/ (ハンガリー語)

夜は、会場を移動して、第31回全国ターンツハーズの集いと展示即売のガラ公演を鑑賞しました。


ガラ公演の会場「芸術の宮殿」



2012年6月6日水曜日

ハンガリーのターンツハーズ運動40年 (1)

ターンツハーズというのは、ハンガリー語で直訳すれば踊りの家という意味ですが、生演奏で民俗舞踊を自由に踊る娯楽の場や機会を指す言葉です。

トランシルヴァニアのセーク村には若者たちが農家の一室や納屋などを借り切って民俗舞踊を楽しむ習慣があり、それを「ターンツハーズ」と呼んだのがもととなっています。

伝統的な農村社会でのターンツハーズを首都ブダペストの人たちが「発見」し、ブダペストに導入したのが1972年、今から40年前のことでした。農村での本来の姿の民俗舞踊と民俗音楽が再評価されるきっかけとなったターンツハーズは各地に広がり、後に「ターンツハーズ運動」と呼ばれるようになるのですが、このターンツハーズ運動の40年を記念する国際会議がヨーロッパ民俗学研究所によって2012年3月にブダペストで開催されました。



ヨーロッパ民俗学研究所によるターンツハーズ運動40年記念国際会議と展示に関する特設ページは
http://tanchaz40.eu/
(ハンガリー語)

2012年2月21日火曜日

2012/02/20 RADIO SANQ

当センター代表が愛知県瀬戸市のRADIO SANQ(ラジオサンキュー)でハンガリーについてお話をさせていただきました。


2012年2月14日火曜日

2012/02/11 ハンガリー理解講座「ハンガリーってどんな国?」

愛知県の瀬戸市国際センター主催のハンガリー理解講座「ハンガリーってどんな国?」で、当センター代表が講師を務めました。





おかげさまで、定員いっぱいの申込をいただき、 大勢の方にご来場いただきました。

写真などをお見せしながら、ハンガリーの一般情報や食文化、意外と身近なハンガリーについて、ハンガリーの芸術と文化、そして民俗舞踊についてお話ししました。


簡単な踊りの体験も

踊りの体験も楽しんでいただき、質疑応答の際にも積極的な質問をいただきました。ハンガリー特産のマンガリツァサラミとチョコレート菓子も試食いただき、ハンガリーへ行ってみたくなった、という方も何人もいらっしゃいました。

今回の講座で、瀬戸市民の方々にもハンガリーについての知識と関心をいくらか深めていただけたかと思います。 このような機会をこれからも持つことができればと思います。

今回の講座実施に当たり、瀬戸市国際センターに企画いただき、準備に当たっては愛知県ハンガリー友好協会にご協力いただきました。また、ハンガリー政府観光局からは、ハンガリーに関する資料をご提供いただきました。以上の方々に加え、実施に当たってご協力いただいた運営委員とボランティアの皆様、ご参加いただいた皆様に改めて御礼申し上げます。

2012/01/02 カロタセグのクリスマス2011後半(6)

いよいよ最終日です。

朝の列車でバーンフィフニャドへ。列車の時間まで少し市内の観光をしました。


午前の列車で帰る皆様をお見送りし、今回のイベントは終了しました。

2012/01/01 カロタセグのクリスマス2011後半(5)元旦

明けて少し休んだ後は、お客様の一人を見送った後、馬車に乗って隣の隣の村へ出かけます。


二頭立ての馬車に仔馬もお供

村のはずれの山では子どもたちが雪遊び


民俗舞踊の名人を訪ねました。久しぶりの再会に話が弾みます。

帰って一服、午後は刺繍の体験をしました。

刺繍を体験

刺繍はなかなか難しく、根気のいる作業です。
刺繍体験のほかにも、いろいろな手仕事の品や技術を見せてもらい、一同大感激でした。


そして、年越しパーティーはまだまだ続きます。年越しパーティー2日目も飲食と踊りを十分楽しみました。


年越しパーティ2日目

2012/01/01 カロタセグのクリスマス2011後半(4)年越し

一部の男性たちは、教会の塔で年越しをします。



教会の塔の中で年を越す

新年を迎え、礼拝室でワインとパーリンカがふるまわれた後、それぞれ帰途につきます。私たちはパーティー会場へと戻ります。

踊りと飲食のパーティーは続きます。しばらくして、午前1時に、再び新年を祝います。先ほどの年越しは、ルーマニア時間の0時。ここに住む人のほとんどは自身の民族についてハンガリー人であるという認識をもっているため、1時間遅れのハンガリー時間で年明けを祝うのです。

午前1時、ハンガリー国歌を歌う

そして、これからが食事の本番です!


肉料理

魚料理

そして明け方にはウィンナーが出ましたが、さすがに食べきれず、お土産にいただきました。

2012年1月9日月曜日

2011/12/31 カロタセグのクリスマス2011後半(3)

3日目、大晦日は野菜のペースト作りからスタートです。1日目の朝食で初めて食べた皆さんの口に合ったことから、プログラムに入れました。

野菜の皮をむき、切ります

野菜を砕いて、鍋に入れ、準備完了

煮えるのに数時間かかるため、家人に託し、一面雪景色の中、森へ遠足に出かけました。

村を出て森に向かいます

ローズヒップの実

森に入ります

野外生活の達人の出番


豚の脂身を炙って解けた脂をパンにかけて食べます

昼食後は山を降ります
既に日も傾いてきました

帰ると、ちょうど野菜ペーストも出来上がり、瓶に詰めました。

大晦日の一日は長いです。一息ついて、年越しパーティーに向かいます。

今年の年越しパーティーは、特定のメンバーで村の居酒屋を借り切っての会です。開始予定時刻より少し早めに行って準備を手伝いました。

この年越しパーティーには演奏家は雇わず、近年流行の、コンピューターを用いた音響です。人気の軽音楽をはじめ、民俗音楽も交えて、参加者は自由にパートナーを誘って踊ります。煙の問題も、特定メンバーの会であることから、ある程度協力いただくことができました。

年越しパーティー
それにしても、こちらの人たちは、パーティーとなるととてもたくさん食べます。多くの日本人にとっては、前菜だけでお腹がいっぱい、となるのも無理はないことです。

前菜


年が明ける0時前に、一部の男性たちは教会の塔へ向かいました。

2012年1月8日日曜日

2011/12/30 カロタセグのクリスマス2011後半(2)

一晩明けて、朝食前に、牛の搾乳を見学。文字通り搾りたての新鮮な牛乳を飲めるのは農村部の特権でもあります。

朝食は、昨晩作った豚の煮凝りがメインです。

通常は、肉を取った後の豚の様々な部位が
入りますが、今回は、贅沢に肉を入れました

日本ではあまり食べる機会のないものだと思うのですが、意外と好評でした。

朝食後は、馬車で隣の街まで散歩に。



散歩から帰ると、民族衣装の試着をしました。当地カロタセグの民族衣装は、ハンガリー人の衣装の中でも格別に華やかなもので、試着のしがいがあります。試着の過程で様々な発見もあったようでした。

カロタセグ地方の女性の衣装

衣装部屋でかなり盛り上がったのですが、今日の主要企画のひとつは、鶏二羽から作る料理での昼食会です。今回は、料理に興味をお持ちの方たちが多く、料理体験をメインのひとつとしました。衣装部屋にいると時の経つのも忘れてしまいそうですが、一通り衣装を楽しんだ後は、料理開始です。

鶏は、村ではほとんどすべての家で飼われているといっても過言でないほど、身近な家禽です。お祝い事や、日曜の昼食をはじめ、動物性蛋白源として食事に用いられます。とうもろこしを飼料に、庭を駆け回って育った鶏とその卵は、現代では手に入りにくくなってしまった、貴重で安心・良質な食物です。

当然のことなのですが、健康で良質な肉を食べるためには、その命を奪わなければなりません。その瞬間を目の当たりにするのは決して心地のよいものではないと感じる人が多数だと思いますが、普段何も考えずにお店に並んだ切り身や料理されたものを消費している人にとっては、それを経験することは食べるということ、生きるということについて再考するきっかけとなるかもしれません。

今回は、熟練した方に、鶏の処理と料理指導をお願いしました。鮮やかな手さばきによって、苦しむ様子もなく、鶏はさばかれていきました。この鶏の処理、日本からの参加者の方は、トラウマがあるという方から、ぜひ参加したいという方までそれぞれでしたが、それぞれに感じるところがあったようです。

さて、鶏の解体が終わると、全員参加で野菜の皮むきをしました。鶏といろいろな野菜を煮込んでスープにします。

スープに入れる野菜


スープの仕込が済むと、また全員参加で今度はじゃがいもの皮むき。これはメインの付けあわせとなります。

今までの参加者は、大学生から30代前半くらいの方がほとんどだったのですが、今回はその親世代くらいの方たちです。ここでの経験では新鮮さと懐かしさの両方を実感していただけたのではないでしょうか。料理をしながらも話が弾みます。

スープとじゃがいもが薪コンロの上で煮えるのを待つ間も休みません。次はデザートの焼き菓子を作ります。

焼き菓子作りは祝日には欠かせず、通常の日曜日にも多くの家庭で習慣となっています。参加者の方にとっては初めて見る器具などもあり、感嘆の声が上がります。

菓子生地をオーブンに入れたら一息、と思いきや、決してそうではありません。スープに入れるパスタをゆで、スープから鶏肉を取り出し、焼きます。本来は、パスタも手作りするのですが、限られた時間には入りきらず、今回は市販のものを利用しました。

さて、まだまだ作業は続きます。スープのだしをとった野菜は、細かく刻んでサラダになります。やわらかくなったじゃがいもは、ピュレに。お菓子も焼きあがり、ようやく料理は完了です。

昼食は希望予定時刻より2時間近く遅くなりましたが、食べるためには働かなければならない、その最も基本的なところを経験できたのではないかと思います。何時間もかかる調理中、ほとんど腰掛けもしない村の女性の働きぶりに、一同感嘆しきり。ぜひ若い人にこそ体験してほしいという感想をいただきました。

ようやく、待ちに待った昼食です。前日お世話になった川井さんご夫妻にも来ていただき、ちょうど皆そろって食べることができました。

地鶏のスープ
黄色い脂肪が地鶏の証

地鶏の肉とじゃがいもピュレ

お腹が満たされたところで、招待していた音楽家の一行が隣村から到着しました。長老の踊り名人も一緒で、思いがけずもうれしい再会に、しばし話が弾みます。


村の男性の社交場である居酒屋に移動し、演奏を開始します。今回の会は招待制ではなく、出入り自由。大掛かりな事前告知もしていません。半ば自発的な集まりで、たまたま居酒屋に来た人は幸運です。予想外のうれしいできごとに、次第に人が集まりました。

生演奏を楽しむ村の人たち

人が集まるのはうれしいことですが、想定外の問題が起こりました。ここでは、残念なことに、とても喫煙率が高いです。冬で閉め切っていることもあり室内の煙はかなりのことになりました。私自身、民俗舞踊に携わることになった当初、踊りのあるところはとても埃っぽいと聞かされており、実際行ってみてその埃っぽさと独特のにおいの副流煙に辟易したものです。年月が経って埃っぽさは幾分軽減されたものの、喫煙率はむしろ上がっているかもしれません。自分自身はその時間だけと割り切っていたのですが、分煙に慣れた方たちにとっては、やはり驚くべき煙レベルだったようです。実際、確かにこの日は人数が多かったこともあり、濃度が高かったかもしれません。

ここでは分煙という意識はなく、自発的な集まりで、居酒屋は私たちのものではないため、当然ながら、私たちが口出しをすることはできません。幸い、部屋が複数あるため、自己防衛していただき、踊りのあるときなどのみ、短時間メインの部屋に来ていただきました。雰囲気は楽しめたと言っていただけたのが幸いです。

先に述べたよう、この日の集まりは半自発的なものです。居酒屋に集まるのはほぼ男性のみであるため、踊りよりも歌が主となりました。とはいえ、関係者の女性も数人いたため、カップルダンスも少し、また、男性舞踊も名人を交えて行われました。当地域での生演奏での自発的な踊りの機会を見るのは初めての方ばかりで、これに関しては本当に楽しんでいただけました。